移住・就農のすすめ

私は、1年間の準備期間を経て、2015年4月に東京都国分寺市から山梨県南アルプス市へ移住し、宇宙ビジネスから果樹農家へ転身しました。海外出張に追われていた生活から離れ、収入は激減しましたが、娘と家族と充実した生活を送っています。

生まれてこの方、引っ越し20回以上、経験した職種は通信、IT、環境、宇宙の分野で、営業、企画、そして技術まで多岐にわたりますが、全ては、ここで果樹農家をするための準備期間だったとすら思えます。

大人になっても人生の可能性は無限大。
人生の分岐点、選択肢は常に目の前にあります。しかし、思い切って田舎へ来たものの、その田舎が合わずに都会へ戻る人も少なからずいるのも事実のようです。

そういった功罪表裏一体ともいえる移住や新規就農など、これまでの生活から大きな変化があることには、誰しも大きな抵抗があるでしょう。
それは、行動経済学的には現状維持バイアスとして説明されたりもするかもしれません。 そこで、同じく2017年のノーベル経済学賞受賞のナッジ理論が示すような、『ちょっと肘で小突いて後押しする』ような情報提供や、ある大阪大学准教授がPayPayの100億円キャンペーンを例に冗談半分に提唱したTTM戦略(とりあえずつかってみる戦略)をパクッて、MCT戦略(まずはちょっと体験してみる戦略)のような、田舎の暮らしをのぞき見できるような場所や情報を提供するなどして、移住や就農について紹介していきたいと思います。

まずは、それらの理論とは程遠いですが、私の体験談から公開していき、順次、皆さまのお役に立つトピックを取り上げていきます。

移住について

私の移住パターンをVターンとして紹介します!

一般的には、I U Jターンが良く知られていますが、最先端の移住パターンがVターンです!

東京から私たち家族が、大阪から私の両親が、同じ南アルプス市に移住してきました。いきなり同居はお互いに窮屈なため、特に母が「スープが冷めない距離」で暮らせばいいのでない?くらいな感じを要望したため、都合よく3kmほど離れた場所にお互い住まいを構えました。

手のかかる子育て世代や人手のいる新規就農の方々にはとてもおすすめな移住パターンですよ!

新規就農について

私は、県立の農業大学校の職業訓練果樹コースで9か月しごいていただきました。

なんの縁もゆかりもなかった山梨ですが、講師陣はもちろんの事、果樹コース同期の30人、そして彼らの師匠と、ここで一気に人脈が広がりました。ここでしっかりと基礎を学びつつ、自分が追求したいと思っている栽培方法について、沢山いる同期の、多様な栽培方法を実践している師匠達の中から探して教えを乞うこともできたりします。特に、私のように減農薬を目指すような人は多くないため、非常に助かりました!

移住者、新規就農者には大変おススメの就農パターンです!

シリーズ
くだものびよりへの道

宇宙ビジネスとの出会い

海外出張から帰宅すると1歳の子供に怯えて泣かれる。出張先で目が覚めると動かない左足首、上がらない腕。原因不明の胃痛で食事もろくに摂れないまま海外出張へ向かい、5週間で5か国一筆書きの強行軍。年々海外出張回数は増え、滞在期間は長くなり、生まれたばかりの子供に会うこともできず、体調は年々悪化。このまま仕事を続けて大丈夫だろうか、、、

1996年にNTTに就職し当時はやり始めたインターネットに関する小規模なシステム提案活動から私のキャリアは始まった。もっとコンテンツ寄りの仕事がしたいとNTTデータへ転籍するも、そこにいたメンバーに刺激を受け、もともと関心のあった環境分野へキャリアチェンジすべく半年で退職を決意。特に関心のあった発展途上国での生物多様性保全の専門家となるため、一念発起で渡米し環境学修士号を修得。その間にはケニアのナイロビにある国連環境計画本部でインターンとして半年間、国際レベルでの環境保全の最前線を体験する機会も得ることができた。そこでの多国籍、多言語、異文化交流は、自分は日本人であると一層強く気づかされる機会でもあった。しかし、そんな環境分野での刺激的な生活は長くは続かなかった。修士課程修了後、環境分野での仕事が見つからず、失意の中帰国したのが2006年。そこでたまたま日経新聞の求人欄で巡り合ったのが宇宙の仕事であった。

つづく・・・

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